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【警句】オルタナ的名言集【箴言】

1 :無名の共和国人民 :05/09/19 18:47:56
今の社会をあらわすもの、アレな人々を風刺するもの、我々に自省させてくれるもの…。
過去の先人からネット上の無名氏まで、色々集めてみましょう。



270 :カマヤン :06/01/09 17:29:26
古代ギリシャでも、ソクラテスが「自分はあまりにものを知らなすぎる」と悩み、
デルフォイ神殿に行って「この世で最もものを知っている人は誰か」と
問うたところ、「ソクラテスである」と神託が下った。
これは他の人間は「自分は無知である」ことにすら気づいていないが、
ソクラテスは「自分は無知である」ことに気づいているから、
最もものを知っている賢人である、という意味だとソクラテスは解釈した。
これを「無知の知」という。

「大衆の反乱」を書いたオルテガも、この世は二種類の人間に分かれる、
と述べている。
「自分はバカ寸前であることを常に意識し、バカのギリギリ一歩手前で
踏みとどまっている」人間と、
「自分がバカであることにすら気づかないバカ」
の2種類である。中間はいない。

>>266
ネットゾンビ言説は「知性主義」よ呼称するのは妥当ではない。
90年代以降、歴史修正主義やカルトには俗流ディベート術が要素として加わった。
たとえば歴史修正主義の藤岡信勝や、オウムの上祐がその例だ。
ディベートは競技のための論争術であり、「自分が何を信じるか」
「真実は何であるのか」を無視して発言を展開できる。

80年代までの(日本の)左派知識人圏では以下の思い込みがあった。
論法にも上級と下級があって、「相手の枠組み・概念を使って反駁する」のは下級、
「独立した思想体系から反駁する」のを上級、としていた。
「独立した思想体系」とはマルクス主義やドイツ観念論などを指すが、ソ連崩壊で
この「上級」論法の価値が暴落した。
それまで「下級」としていた論法はディベート術として洗練されていったが、
それを体得した左派知識人はあまりいない。

271 :無名の共和国人民 :06/01/09 18:32:39
>それまで「下級」としていた論法はディベート術として洗練されていったが

こういう論法ってさ、多少知識がある人には簡単にバレるわけじゃん。
けど、知識のある人にはバレても、多くの一般人にバレなきゃいいって図太さが
必要なんだよね。ある意味、恥知らずじゃないとできない。
この前の小泉自民党の戦略みたいに。

左派知識人にはそれができない。

個人的には、そういう図太さは好きじゃないし、誠実だと思わないんだが、
それが「強さ」になり「影響力」になるのは否定できない。

ここがジレンマだと思う。

272 :無名の共和国人民 :06/01/09 23:18:35
>> 270-271
↑という構造を読み取れなかった学生時代の私。
先生・友人どころか母親にまで噛みついて、まさに「学生ディベート」
でもって周囲を傷つけてまわりました。(無論その過程では、会ったこと
も無い社会的な『他者』を攻撃し続けました。)

現在、その構造を、極めて観念的な言葉でしか表現できない私がいます。
肌では感じていても、しっくりと来る言葉にならないんですよ。
「持っている情報の量が人間関係の上下を決めると信じ込む最初の世代」
(大塚英志『多重人格探偵サイコ 雨宮一彦の帰還』)
って言葉にもはっとさせられましたが・・・
だから、このヒント(270-271)にはちょっぴり感謝 (-人-)

ネトウヨ論客くんたちは、気付いていない頃の自分みたいで、
なんともイライラさせられるのです。

273 :無名の共和国人民 :06/01/10 00:18:02
ディベートというと「相手を理論的に打ち負かすこと」だけが目的となっている。
その「理論的」というのも大抵は自側に有利なソースと屁理屈だけであり、
ネット、あるいは政治の世界から離れた場合この思考は嫌われるだけ。
左派の何十年も前もの過ちをどうして右派が繰り返すのか、訳がわからん。
(むしろ学生運動全盛の頃にあの岸信介ですら「声なき声」論を述べた訳で
その真意を孫に聞かせてやるべきだと)

吉永小百合のあの物越しは見ていて惚れ惚れするね。

274 :カマヤン :06/01/10 05:26:40
>>271
 「ディベート」は論争術だから、バレるバレないはあまり関係ない。
(ていうかバレるバレないという言葉が何を指しているのか当方には読み取れない。)
「ディベート」の典型は、裁判所での検察と弁護士のやりとりだ。
自分に有利な証拠を提出し、相手の矛盾をつく。

 日本の教養には「修辞学」が欠落しているから、相当な教養のある人でも
「ディベート」慣れはしていない。
 「ディベート」はマルクス主義的「絶対的価値観」を相対化する訓練としての
側面があった。だからポストマルキシズム的側面がある。その結果、あらゆるものを
相対化してしまって虚無感に襲われて、カルトに走ったりすることもある。

 リベラルの立場の人だと宮台真司が「ディベート」を習得していたと思う。
(だからあの人はときどき虚無感に襲われて欝状態になる)

> けど、知識のある人にはバレても、多くの一般人にバレなきゃいいって図太さが

戦後一時期の共産党は相当に図太かったと思うし、新左翼も知的に不誠実と言う意味で
相当図太かったと思う。大衆は騙して(オルグして)何ぼ、他の党派は殲滅(ゲバルト)して
何ぼ、社民主義こそ資本主義の延命装置だから主要打撃目標、みたいな感じで。
左翼は指導者集団を「前衛」と呼んでいたわけだが、つまり「前衛」が頭脳を担当し、
「無知でエネルギーのみある」大衆を扇動し動員し革命に利用する、真善美はわが党派のみが
独占している、みたいな。

>>272
> 「持っている情報の量が人間関係の上下を決めると信じ込む最初の世代」

おっしゃりたいことがよくわからんのですが、日本は明治維新以来そういう迷信に
囚われてだいたい140年経ってると思われ。だからそれは日本が140年抱える社会病理で、
時々これが反転して極右・排外思想になりますね。

275 :無名の共和国人民 :06/01/10 20:08:16
『空席のポストを与えるときには、常に百人の不満分子と1人の恩知らずが生まれる』ルイ14世

276 :無名の共和国人民 :06/01/10 20:45:41
>>274
更に言うなら、ディベートには“善”も“悪”もない。
相手を言い負かせれば勝ち。

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